施工事例

やさしいとき(助産院)

出会い

医院(やさしい場所)を評価いただき、引き続きご依頼をいただきました。

プロセス

設計は難航しました。私は物理的な要望とは別にその建物に自分が住む、利用する、働くとしたらと想像を膨らませながら設計します。しかし今回、男性には経験できない“出産”をする場所でした。まず先生スタッフ、妊婦さん、出産経験者の方にアンケート、ヒアリングをご協力頂きました。働く側の気持ちはある程度、咀嚼できたのですが、妊婦さんの気持ちが(ご意見もバラバラで)もう一つ掴み切れない。その中で基本設計は出来、先生からのご承認も頂き詳細の設計段階に進みましたが、自分の中でどこか釈然とせず時だけが流れ、設計が進まない状況に陥りました。

そんな中、打開の糸口になったのはある画家の絵でした。個室の内装を思案しているときです。個室は母と子が初めて二人ですごす場所、それはかけがえのない時間。そして赤ちゃんにとってはここから人生が始まる場所。その時です。赤ちゃんの気持ち?そうか、今まで自分では経験できない妊婦さんの気持ちになろうとばかり考えていたが、赤ちゃんの気持ちなら自分も想像できるのでは、と。新生児のころの記憶がもちろんあるわけではないのですが、自分も赤ん坊の頃があったのだから想像を膨らませることは出来るぞと思いました。

居心地が良かったお腹の中から知らない場所へ。何もわからない中、不安で泣くわたし。ただ頼れるのはお腹の中で聞いた声の人。産まれたばかりで肉眼では何も見えていないが、心の目から見えているような、そして母の発する言葉も感覚で理解している、そんな想像が浮かびました。そんな状況であるべき空間とは?また母親にとっては無事出産した安ど感、これから始まる子育ての不安などが入り混じった気持ち。そして出産後の体調を養生する場所でもあります。そんなことを想っているとき、ある画家が浮かんできました。

フェルメール。“かけがえのない時間”を迎えている「今、ここ」を描き、日常が奇跡に感じる瞬間を捉えたフェルメールの絵。そうだ、あの絵で感じる感覚を建築でしたい。そこで本物のフェルメールの絵が見たいと思い調べると幸運なことに京都の美術館で開催されている展覧会で1点展示されている、しかも明日までの開催。次の日京都へ。正月休み明けのおかげで人も少なく、じっくり鑑賞。多分、その絵を1時間以上見ていた気がします。ふと我に返ると警備の方の視線。多分、危ない人に見えたかもしれません(笑)。それぐらい心に焼き付ける気持ちで見ていたのでしょう。その結果は建物を体感していただくしかありませんが、私としては施主、職人、関係者の方々に助けて頂きながら精一杯したつもりです。
他にも一番苦労した産室の設計など、色々な出来事、小さな奇跡がありました。また、機会があれば書いてみます。

フェルメールに関して後日談があります。完成して半年後、津市で生物学者、福岡伸一さんの講演会があり聴講後、本のサイン会の場でこの建物の動画を厚かましくも説明もなく少し見て頂きました。福岡さんはフェルメール好きで世界的有名です。個室の窓辺のシーン見てニッコリ一言、「これは、フェルメールの光ですね」。